情熱の薔薇 ー42ー


 ギロロは呆然とした。
 ショウウインドゥには、『あれ』が無かったのだ。
 あれから眠ろうとしたが熟睡出来ず、結局睡眠不足のまま開店時刻と同時に宝石店の前に到着したギロロだったが、ショウウインドゥの中を見て我が目を疑った。
 無い。
 あの指輪が無いのだ。
 自分の見間違いかと思って何度も舐める様に見直すが、やはりあの指輪は無かった。
「何故だっ」
 慌ててギロロはガラス戸を開け店内に飛び込んだ。
「あれ、あなたはお兄ちゃんのお友達のお友達の……」
 ショーケースの向こう側でケースを磨いていたのは、556の妹、ラビィだった。ギロロはラビィと目を合わすが早いか、ショーケースの向こう側のラビィに掴み掛からんばかりの勢いで問い質した。
「あの、表のっ、赤い指輪っ、何処に、昨日まであったのに、どうした! 赤い指輪!」
 混乱して要領を得ないギロロの問い掛けに、ラビィは目を白黒させながら、一歩後ずさりつつ落ち着くようギロロに促す。
「ど、どうしたんですかぁ? あの、ごめんなさい、おち、落ち着いて……」
「これが落ち着いていられるか! 昨日まであそこにあった赤い指輪、どこへやった!?」
「ああああの、私、ここのバイト最近始めたんでよく解らないんです、ごめんなさい、ちょっと店長さんに聞いてきます……ちょっと座って待ってて下さいです!」
 噛み付かんばかりのギロロに困惑しながら、ラビィはギロロに椅子を勧めた。ラビィが逃げるように奥に引っ込み、しばらくしてコーヒーを淹れて再び現れた頃には、ギロロも少し落ち着き大人しく椅子に座った。ラビィはギロロの様子にホッとしながら、そっとコーヒーを差し出す。
「……あの、それで、表にあった指輪の事ですよね?」
「それが……」
 ギロロはコーヒーを一口啜り、肩を落としたまま話し始めた。
「表のショウウインドゥに赤い石の指輪が飾ってあったろう? あれを買おうと思って来たのだ。……昨日まではあった事を確かに確認していたのだが、今来たら無かったので……つい、取り乱してしまった。申し訳無い……」
 ラビィは申し訳無さそうな顔でうつむき、上目使いでギロロを見た。
「あの、今店長さんに聞いてきたんですけど、実は、あの指輪は昨日の閉店直前に売れちゃったみたいなんです。ごめんなさい、ごめんなさい……」
「そうか……」
 ますます肩を落とすギロロに、ラビィはショーケースの下の引き出しを開けながら言葉を続ける。
「それで、あの指輪の石……ルビーっていう石なんですけど、同じ石を使った指輪だったら、あるみたいなんです」
 そう言いながら数個の指輪をショーケースの上へ並べる。ギロロが目を向けると、確かにあの指輪と同じ色の石が、どのリングにも輝いていた。
「な、なんだ。同じ石の指輪が他にもあったのか……」
「はい! でも、そっくり同じデザインって訳じゃ無いんですけど……」
「いや、構わんよ」
 少し生気を取り戻したギロロが、赤い石の煌めきに目を奪われる。無骨な指で指輪を取り上げ目を細めて見比べると、同じ石ながらも各々少しずつ色の違いがある事に気が付いた。
「これは……こちらよりもこれの石の方が、色が鮮やかだな」
「あ、それは、天然石だから、一個一個石によって個性があるんだって、店長さんが言ってました」
「そういうものなのか」
 感心しながら見比べるギロロだったが、やはり一番最初に目が留まった鮮やかで透いた石のものが、一番夏美に相応しい様にギロロには思えた。
「お気に、召しましたですか?」
「ああ、これを……、っ!」
 ラビィにその指輪を差し出そうとして、ふと指輪についている値札に目が留まる。
「………………む」
 硬直した。それはポーチに入っている現金よりも、幾分か多い額だった。自然と眉間に皺が寄る。
「あの……」
 その様子を見ていたラビィが、おずおずギロロの目の前に電卓を差し出した。
「む?」
「今、ホワイトデーのキャンペーン中で、全商品二割引になってるんです……あの、言うのが遅くてごめんなさい、ごめんなさい」

 帰路につくギロロの手には、片方にはリボンの掛かった小さな箱が握られ、そしてもう片方の腕には、ルビーの色に似た真紅の薔薇の花束を抱えていた。実は最初に買おうと思っていた指輪よりも金額が若干安くついた為に、花屋に寄る余裕が出来たのだった。
「夏美、喜ぶだろうか……」
 不安と期待を入り交じらせながら、自然と高鳴る胸を抑えつつ、ギロロは日向家の門をくぐり玄関のドアを開けた。
「……どうか、夏美に会うまで他の誰も出てこんでくれよ……」
 祈りながら靴を脱ごうとすると、隣に女物の小さな靴が揃えてあるのが目に付いた。リビングから冬樹と、もう一人少女と思しきの声がする。
 そっとリビングの扉を開け顔だけを覗かせると、そこには案の定冬樹と、そして顔を赤らめ嬉しそうに笑う桃華が、楽しげに談笑していた。桃華の胸には冬樹からのプレゼントと思われる『神々の遺産・オーパーツの謎』という本が抱きかかえられている。
「おい、冬樹。夏美を知らないか?」
 好奇心旺盛なタママが一緒でない事に安心し、後ろ手に花束と小箱を隠しながら、ギロロが素知らぬ顔で冬樹に声を掛けた。
「あ、お邪魔してます」
 先に目が合った桃華がペコリと頭を下げ、と同時に冬樹がこちらに振り向いた。
「伍長、お帰りなさい。姉ちゃんだったら自分の部屋にいると思うよ」
「そうか。邪魔してすまんな。……ごゆっくり」
 その微笑ましい光景にギロロが笑いながら頷くと、冬樹が笑顔を返し、桃華は真っ赤になってうつむいた。リビングの扉を閉め階段を上りながら、なかなか冬樹もやるものだ、と口許に笑みが零れる。
 しかしながら、階段を上り切り夏美の部屋の前にいざ立ってみると、その余裕はすっかり吹き飛んでしまった。ノックをしようとする手が動かない。緊張で、顔が強張る。
 勇気が出ない。
「……誰?」
 そうこうしている内に、部屋の前の気配に気付いた夏美の声がした。
「……俺だ、……ギロロだ」
「何だ、遠慮せず入ってくればいいのに」
 無造作に扉を開けた夏美の目に飛び込んで来たのは、情け無そうに顔を強張らせたギロロと、真っ赤な薔薇の花束だった。
「……これ、どうしたの!?」
 驚く夏美。ギロロがそっと花束を差し出すと、口をぽかんと開いたまま夏美は反射的に薔薇を受け取った。
「……これ、どうしたの?」
「その、ホワイトデーだ」
 再び同じ台詞を言う夏美に、ギロロはぶっきらぼうに呟き、視線を逸らしながらもう片方の手に握っていた小箱を夏美に突き出した。
「それから、これもだ」
「……何? 開けていい?」
 花束を片手に抱え直し、夏美が小箱のリボンをほどいてゆく。しゅるしゅるとリボンを床に落とし、小箱を開けると、中にはベルベットの箱。ぱかっと蓋を押し上げると、そこには、電灯の光を受けてキラキラ輝くルビーの指輪があった。
「ギロロ、これ……!」
 口をぱくぱくさせながら再び呆然とギロロの顔を見る夏美。ギロロは照れた様に頭を掻きながら、逸らした目線を宙に漂わせる。
「あー、だから……バレンタインのお返しだ」
「えっ、そんな、これって高かったんじゃ……」
「いいから、受け取れ」
 ギロロは真っ赤な顔のまま、夏美と目線を合わさないようにしながら一旦箱を取り上げ、指輪を取り出すとそっと夏美の左手の薬指に指輪を差し入れた。
「……どうだ? キツくないか?」
「うん、ピッタリ……」
 右手に大輪の薔薇を抱えたまま、夏美がうっとりと指輪を眺める。頬がほんのり赤くなり、目が少し潤んでいる。
「ギロロ、私嬉しい」
 ギロロが今まで夏美とわざと目を合わさなかったのは、視線を交わした瞬間、自制が利かなくなる事を自分で解っていたからだった。
 夏美の潤んだ瞳と、ギロロの目が合った。真っ直ぐに見上げる夏美の眼差しが、堪らなく愛おしく思えた。可愛い、と思った瞬間、体が止まらなくなった。
「夏美……っ」
 何も考えずに夏美を抱きしめた。腰を抱える様に抱きかかえ、ギロロは夏美の唇を貪る様に自分の唇を重ねた。
 夏美の手から花束が落ちた、その音すらギロロの耳には入っていなかった。

 薬指に咲く夢の紅玉、胸に煌めく情熱の華。ひとひら流れる真紅の薔薇の花弁は、高鳴る心臓の鼓動を映して。




<後書き>
 うわあ、やっちゃった(笑。書いてて恥ずかしい……。
 ギロロとうとう指輪渡せました。というかここから雪崩れ込みでむにゃむにゃな訳なんですが……(苦笑。
 ちなみに今回ラビィを出したのは、どうしてもオリジナルキャラを出したくなかったことが一因です。最初は女店主として店員を書いてたんですが、どうもしっくり来なくて……。まあバイトしてておかしくないキャラっていったら、556かラビィだろうって事で。



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